■携帯電脳遊戯最強伝説 符咒バトラー壬生!
第2話「じゃあ僕が勝ったらこの特典CDを引き取ってください」
2006 the reverse side of a hanging scroll : recharge
―――如月翡翠は、今日も商売に余念がなかった。
その若さからは容易に想像しがたい品々を扱っている。代々受け継がれてきたその商品は骨董品と呼ばれるものだった。
古備前の壷。唐代の皿。伊万里の人形。ベネチアのグラス。
絵画や書物なども取り扱っている。そのどれもが2つとない選り抜きの値打ち物だ。
見るべき者が見れば財宝の山であろう。だが、それですらこの店主の表の顔にすぎない。
その若き店主は、危険を顧みない男でもあった。
武具も取り扱っている。それもいわく付きの品ばかりだ。
妖刀と呼ばれる刀もある。しかもついこないだ人を斬ったばかりの品だ。
銃も置いてあった。もちろん一般客には目のつかないところだ。必要とする人間がいればそれを売ることに躊躇いはない。
人を呪うための品もある。明らかに異様な気を放つそれも、彼にとっては蚊取り線香代わりでしかない。
ミイラの腕もあった。シャレコウベもあった。秘薬と呼ばれる霊草もあった。
期限切れの食料品など彼にとってジョークですらない。
もしもこのカビの浮いたピザを訴える客がいても、彼は目の前でそれをムシャムシャ食ってみせることだろう。
こと自分の店の商品に関して、店主は絶対の自信を持っていた。
それはつまり、自分に対しての自信の表れであることは間違いない。
たとえどんな客が来ようと、一歩も引くことはないと―――。
「───あなたの店で買ったGBA版符咒封録、バグりましたよ」店主は面倒くさげに目を細めただけだった。
「僕のセーブデータを返してください。僕の費やした28時間を返してください」
店主、如月翡翠は顔馴染みであるその客、壬生紅葉の嫌に思いつめたその表情に滑稽さすら感じていた。
「―――28時間、か」
鷹揚な態度で磨いていた招き猫を所定の位置に戻し、如月は営業用の笑みで壬生の肩に右手を乗せた。
「それだけ遊べば十分に元は取れたじゃないか?」
「ふざけないでください」つっぱねる壬生に、如月はわざとらしく驚いた顔で肩をすくめる。
「そんなに怖い顔しないでくれ。ここは見てのとおりオンボロ商店でね。脅されても出せるものなんて何もないよ」
「欠陥商品なら出せるのに、ですか?」
「おや? 君にしてはずいぶんと皮肉を利かせたものだね。ハハッ、さすがに今のは効いたよ」
「交換してください。バグの出ないロムと」
「まぁまぁ、せっかく来てくれたんだ。お茶の一杯でも進ぜたいね。上がっていかないか?」のらりくらりと如月は壬生をかわそうとしている。だが、そのいつもの如月のやり口に、今日の壬生は乗る気はない。
「だいたいあなたは最初からおかしかった。予約すれば特典テレカを付けると言って僕を騙した」
「騙した? それは心外だな。ちゃんとゲームと一緒に梱包してあげたはずだよ?」
「あなたの店のテレカなんて僕はいらなかった。だいたいあれってこの店が開店130周年の時に作ったテレカの余りじゃないですか。『1996如月骨董品店』って!」
「ちょっと浮かれて作りすぎてしまってね」
「しかも度数が5のテレカなんて、よくNTTが許したものだ」
「知り合いのイラン人に作ってもらったんだよ」
「あなたからは何もかも取り返したい気持ちで一杯です」
「おやおや、物騒なことを言うね。僕たちは仲間じゃないか?」
「仲間というのなら、それなりの誠意は見せて欲しいものですね」
「ハッ、誠意? まさか当代きっての暗殺者である君の口から誠意なんて言葉が出てくるとはね! ハハハッ!」
「……それは、侮辱ですか?」
「とんでもない。ただ驚いただけさ。いいとも、誠意なら見せてやろう」そう笑って如月は袖口から一枚のテレカを取り出す。
「これを持って行きたまえ」
『愛されて130周年―――1996如月骨董品店』
「魔人はたかだか5周年。その程度で黄龍祭だなんて滑稽な話だね」
「滑稽なのはあなたの脳味噌のほうです!」壬生が激した―――。
テレカを振り払われた如月は驚くとともに、じわじわとした怒りを感じ始めた。「……まあ、君にはすでに一枚あげていることだしね」
だが、すぐにそれを愛想笑いの奥に隠しきれるところが、如月の忍びとしてよりも商人として鍛え上げられた図太さだ。
「では、どうしても引く気はないということかな?」
「そうです」
「だけど交換に応じるわけにいかないよ」不敵な笑みを浮かべて如月はレジ後ろに腰掛ける。その動作はあくまで優雅だ。
「なぜですか?」
訝しげに問い質す壬生。涼しげに如月は言う。
「符咒封録とはそもそもデータの飛ぶゲームなのさ。発売元も開発元もその件に関してはノーコメントだ」
「……どういうことです?」
「つまりクリアはできるのだから、それは致命的なバグではない。単なる事故であって各自が気をつければいいだけの話、というのがメーカー側の判断だ。修正版のROMなど存在しないんだよ」
「そんな……」壬生はガクリと膝を落とす。
「……僕だってこんなことを客に告げるのは辛いんだ。だから君もいい夢を見たんだと思って28時間分のデータはあきらめろ。ほら、テレカをやるから」
ヒラリと壬生の前に130周年テレカが舞い落ちる。
それをグッと握り締めて壬生は嗚咽を堪えた。「さ、わかったらとっとと帰ってくれ。いつまでもそこで凹んでいると踏み台代わりに使わせてもらうことになるよ。さぁさぁ」
邪魔げに追い払おうとする如月だが、それでも壬生は立ち上がらない。
しかも何かブツブツと喋っているように聞こえる。
不気味だと思って、如月はちょっと引いた。「じゃあ……せめて……」
「うん? なんだって?」
「せめて、これだけでも引き取ってください」そう言って壬生がポケットから取り出したのは―――
「そ、それはッ!?」ガタガタと商品を倒しながら如月が後退った。初めてその鉄面皮の店主の顔に動揺の色が浮かんだのだ。
「ぶぶ、物騒なものを近づけるんじゃない!」
「これを引き取ってくれれば僕は帰ります。高値で買い取ってください」
「バカな! 何を言っているんだ! 気持ち悪い!」一瞬でも動揺した自分を恥じているようだ。
ドカリと再びレジ後ろに腰掛けた如月は取り繕うに襟元を直す。「気持ち悪いだよ、そんなCD!」
そして唾棄するように顔をしかめた。
「……まさか、あなたの口からそのような言葉が出るとは」
「なに?」
「これもあなたの仕業なのでしょう? ひどい人だ。あのテレカだけではいざ知らず、こんな嫌がらせのようなCDまで僕に掴ませるなんて」
「なんだって? 何を言っているんだ?」
「予約特典でテレカ。そして初回特典でCDが付いてくると僕を騙して、またもやあなた特製のCDでお茶を濁したのでしょう?」
「バッ!? 何を言い出すんだ、君は! それはちゃんとしたメーカー特典だぞ!」
「もはやそんな嘘には騙されません。こんな特典があってたまるもんですか」
「違う! それは本当に僕には関係ない物なんだ!」
「分かりますか? まずはあのテレカにがっかりして、そして傷ついた心を癒さんとしてスピーカーから流れてきたのが、どこぞのおっさんが延々と読み上げる祝詞だけだった知った時の僕の気持ちが!」
「だから本当に僕はそのCDに関係していないんだ! 恨むんならせめてメーカーにしてくれ!」
「これだけのはずがない、と6分以上も耳を傾け続けたんですよ!」
「いいからパソコンでCDの中身を見てみろ! 壁紙が入っていて、それが真の特典なんだ!」
「そう思って御門さんの家でパソコンを使わせてもらいました。だが、そんなものは出てこなかった」
「なんだって? そのパソコンのOSはなんだ?」
「分かりません。ただ点字みたいな穴が空いている細い紙が、カタカタと音を立てて出てきただけです」
「さては鉄腕アトムぐらい古いマンガによく出てきたピコピコ光るコンピューターだな? それが本当なら、ぜひ我が店に譲っていただきたいものだな」
「これ以上、嘘を重ねても無駄です。見苦しい言い訳はやめてください」
「なんてことだ……まさか、そのCDまで僕のせいになってしまうとは……」
「さぁ、このCDを引き取ってください!」
「断る!」バチバチと2人の間に火花が走った。炎の向こうで龍と亀が睨みあっている。
「……じゃあ僕が勝ったらこの特典CDを引き取ってください」
「なに?」
「これで」壬生が懐から出したのはオニキスブラックのGBASPだった。
数々の傷跡が歴戦を戦い抜いてきた風格すら漂わせている。
だが―――、「……クク、クククッ」
怪しげに如月は笑った。
「符咒封録で勝負だって? いいとも、相手になってやろう。だが、データを失った君が僕に勝てるかな?」
そう言って、余裕しゃくしゃくの体で懐よりGBA(旧版)を取り出した。
確かに壬生はデータが飛んでしまっていることを白状してしまっている。しかも開口一番にだ。前回で霧島に忠告したはずの符咒バトラー心得を、登場と同時に破ってしまっているのだ。
だが、壬生のいつもの無表情は変わらない。
まるで自分のミスを認めないとでも言うように。「……如月さん如き、初期データでも十分ですよ」
「おやおや。ずいぶんなことを言ってくれる。だが、これを見た後でも同じことが言えるかな……?」
ユラリと如月の上体が揺れた。立ち昇る裂帛なる《氣》―――
先ほどまでの温厚で狡猾な店主としての如月は隠れ、忍びとしての本性がその全身を包む。
空気も凍るかと思われるほど―――冷酷で残忍な笑み。「シッ!」
ダン、と如月は床を足で叩いた。それを合図とするかのように天井より降り注ぐ1本の通信ケーブル。
それを自らのGBAに差し込むと、なんと如月はもう一方の先を壬生に向かって投げた。それはまるでヘビのようにシュルシュルとケーブルは鎌首を伸ばし、カチリと壬生の持つSPの外部拡張コネクタ1(EXT.1)に差し込まれたではないか!「忍法、ケーブル飛ばし!」
「それじゃ、さっそく対戦を始めましょうか」
バトルスタート!
「僕が先手ですね、如月さん」
「あぁ、うん……」
『芝プール』(水)
「……ターンエンドか」壬生は静かに自分のターンを終えた。
「クククッ」
如月は笑った。
さきほどは一生懸命に練習したケーブル投げを壬生にクールにシカトされて落ち込んだが、やはり壬生は初期データしか持たぬ赤子のようなもの。
楽勝だとほくそ笑んだ。しかも、無防備にも自分に対して水属性の土地符を放つとは。『王蘭学院高校』(水)
『彷徨えし鬼女』「どうだい? 初期データにはない符を出される気持ちは?」
いやらしい如月の問いかけに、壬生は何も答えない。
自分のHPを削られる瞬間、顔をしかめたがすぐにいつものポーカーフェイスで取り繕う。「すぐに楽にしてあげるよ! そして僕の分のCDも持って帰るがいい!」
怒涛の水属性ラッシュが続く。如月のデッキはまさに水デッキ。たぷたぷするくらいに水だらけ。水属性忍者のプライドが作り上げた一色デッキが壬生に襲い掛かる。
「さぁ! お待ちかねの忍者の登場だ!」
水摩尼が3の状態で『忍者』がオープンされた。
嬉々として「玄武変!玄武変!」と叫ぶ如月はまるで子供のようだ。
対して壬生は土地符も人物符も出せず、ただイタズラに体力を削られていく。
符咒バトラー、一世一代のピンチ!「どうした、どうした? 今から泣いて謝るのなら許してやらないでもないぞ?」
ご機嫌な如月の盛り上がりは最高潮。
あまりにも一方的なゲームだった。符咒の一枚一枚が確実に壬生の精神と体力を削っていく。
だが、その苦境の最中にあって、壬生は笑った―――。「……思ったとおり、あなたのは水一色のデッキだったようですね」
『ラーメン屋』(土)
「フン、今さら水1つ破壊したところで、どうにも―――」『伝説の剣豪』
「なに!?」
武蔵の即陰が玄武を破った。
とたんに血を吐かんばかりにもだえ出す如月。「がはッ!? そ、そんなバカな……?」
しかし次のターン、また次のターンにも繰り出される壬生の符は初期デッキのものではない。
しかも毎回、土の土地符が水摩尼を破壊していく。「ど、どういうことだ、これは? これじゃまるで……」
「そう。最初に一枚しかなかった水の土地符が来たときには僕自身も驚きました。おかげで僕のデッキの気配を消すことに成功したようです」壬生は不敵に笑った。それは符咒に戦う男の、勝利を確信したときの笑みだ。
「僕のデッキは土一色。あなたの属性を破壊するために組んだデッキなんですよ」
「バカな!? 君のデータは消えたはずだぞ!?」
「そうですね。確かにこちらのROMは……」そう言って壬生がポケットより取り出したのは―――まさしく符咒封録のROM。
「消えてしまいましたが。だけどもう1本のROMは生きてますよ」
「2本!? 君は2本のROMを持っていたのか!?」
「いいえ、違います」ずらりと取り出したのは、5本のROMだった!
「特典テレカは店によって図柄が違うんですよ。真の符咒バトラーなら、あらゆる種類の特典符を揃えるのは当然のことです」
「だ、騙したな! まさか、君が僕の店で買ったROMに費やした28時間というのは!?」
「1本当たりの平均値です」
「き……君はクレイジーだ! 符咒クレイジーだ!」
「いいえ、僕は───、符咒バトラーです!」
『歌舞伎町』(土)
『龍の伝承者』
「うわああああ!?」次々と水摩尼と如月の人物符が破壊されていく。充実した壬生のデッキはあらゆる抵抗も寄せ付けない。
『明日香学園』(土)
「ぐぬうううぅぅぅ……」とうとう最後の水も破壊された。属性フェチにとって人物符よりもダメージを喰らうのが属性破壊だ。口元から血を流しながら、如月は必死に耐える。
だが、それも限界が近い。「さて、そろそろ終わりにしましょうか……」
「くっ……!」形勢は完全に逆転している。
壬生が最初にデータが初期化されたと嘆いて見せたのはブラフ。
それは如月の油断をおびき寄せるため。
実際のところ、それは勝負自体には何の影響も及ぼさないただの嫌がらせだが、符咒バトルにおいて相手を優位と思わせておいて転落させるのはかなりの精神的ダメージを与えることができるのだ。
なんと恐ろしき符咒バトラーの性(さが)。
全ては勝利の快感のため!「させるか〜〜〜ッ!!」
如月が飛んだ。そして同時に壬生も床を蹴った。
GBAを掲げ持った2人の戦士が空中で交錯する。
1人は和服の裾をはためかせ、1人は黒のロングコートをなびかせて。刹那の攻防が宙で繰り広げられ、位置を入れ替えるように着地する。そして沈黙―――。
「……フッ」如月が、ほんの少しの笑みを浮かべ、そして吐血した。
「君の勝ちだ……」
ぐらりと、その体は芯を失ったように崩れ落ちた。
壬生は静かにケーブルを抜いた。
あの一瞬の交錯。
その時、壬生は『陽の武道家』と『死の烙印』を場に置いた。
つまりはまだ壬生のターン―――最後の抵抗を見せたと思われた如月の最後のジャンプは、じつはただ普通に飛んだだけだったのだ。「属性に溺れてしまったのがあなたの敗因なんですよ……水だけに」
ものすごくつまらないことを言って、壬生は今日の戦いを締めくくった。
そして抜き取ったケーブルを如月の遺体(?)の上に投げ捨てる。「約束どおり、特典CDは引き取ってもらいますよ。そして対価は……」
店に並べてある符咒封録を、全て壬生はコートのポケットに押し込んだ。
「確かにいただいていきます」
特典CDだけを棚に置き捨てて。
「それでは」
―――ガラガラ、ピシャン。
壬生が去った後、如月骨董品店に静寂が訪れた。
だが、それもまもなく、どこからかクツクツと笑い声が響いてくる。「クク、ククククッ……」
如月だった。当然だがゲームくらいで人は死なないのだ。
だが、その体のダメージは決して小さいものではない。
それでも如月は笑った。「僕に勝ったくらいで、いい気になるなよ……。東京には、まだまだ多くの強豪たちがひしめいているんだ」
取り出した一枚の符。それに《氣》を送り込むと、符は形を変え、一羽の鴉となる。
「行け……東京中のゲーマーに知らせろ。壬生紅葉の所業を。あの男の卑劣さとこの僕の無念を。ヤツを倒せと、東京中に知らせるんだ……」
一声鳴いて、鴉は飛んだ。
残された如月は最後の力を使い果たし、バタリとその手も地に落ちた。
それでもなお、壬生の苛烈を極めるであろう今後を思い、如月は意地とも見える笑みを見せた。「これからは君も狙われる立場だ……せいぜい、寝首をかかれぬように気をつけることだな。クククッ……アーハッハッハッハッ!」
ひとしきり高笑いした後、如月の意識はゴトリと暗いところに落ちていった。
おそるべくは忍びの執念。
冷酷なる忍びの顔は、屈辱の敗北の後でも、なお勝ち誇るかのように満足げなものだった。だが残念なことに、如月の鴉はすぐそこの角を曲がったところで保健所の網にかかってしまっていたのだった。
次回予告
その武骨な親友とは武の道を通じて分かり合えていた。
心許せる数少ない男との、穏やかな語らいの時間であるはずだった。
だが因縁は2人を戦いの舞台へと押し上げ、東京は荒れ狂う闘技場と化す。
全ては符咒バトラーゆえの宿命か。それゆえに若者たちは傷つけ合うのか。
いや。彼を傷つけるのは、いつも時代も残酷な世間の偏見だった───。
次回『携帯電脳遊戯最強伝説 符咒バトラー壬生!』第3話
「これだからアイドルオタクは気持ち悪いんですよ」
つづく!
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