■携帯電脳遊戯最強伝説 符咒バトラー壬生!
第1話「年下だからって、手加減しないよ」
2006 the reverse side of a hanging scroll : recharge
―――それは霧島諸羽が部活を終え、暗い夜道を一人で歩いているときだった。「あれ?」
外灯の下に一人、黒尽くめの男が立っていた。
普通なら不気味に感じるシチュエーション。しかし、霧島にはその男に見覚えがあった。「壬生さんじゃないですか。こんなところで何をしているんですか?」
春だというのに全身を覆うコートは、夜闇よりも黒く重たく壬生の両肩にのしかかっている。
しかしその装いが不思議とこの男には一番良く似合った。そう思わせるだけの雰囲気を持った少年だった。「やあ」
闇を纏った暗殺者が、静かに霧島に歩み寄る。
普段の壬生よりも親しげな対応のように思えた。それが逆に霧島に警戒心を抱かせた。「あの……僕に何か用なんですか?」
「――フッ、用というか、たまたまこの近くを通りかかっただけなんだけどね」壬生は依然、その不自然な笑みを絶やさぬままだ。
嘘だ、と霧島は直感的に判断した。「そ、そうなんですか……それじゃ、もう遅い時間なんで僕はこれで!」
「まぁ、待ちなよ。死にたくなかったら」脅された。メチャクチャあからさまに脅された。
霧島はその場に凍りついた。「せっかくこんな場所で偶然に出会えたんだから、ちょっと世間話でもしようじゃないか」
そう言って壬生は壁にもたれかかる。よく解らないが霧島はその場を動くことが出来なかった。
『世間話をしようじゃないか』という誘い文句もよく解らない。
こんなふうに登場されて、しかも殺すと脅されてどんな世間話ができるのだろう。
しかも肝心の壬生は両目を閉じて黙想開始だ。こんな人、どうしたらいい?
まさか自分の方から何か話題を提供しろということだろうか。たしかに壬生の感性は地味に一般人と食い違っているから、これくらいのプチわがままは当たり前なのかもしれない。
それともこれから何か身に覚えのない罪状を並べ立てられて暗殺されるのだろうか。
霧島はいろいろと考えてみる。これから何が起こるのか。
とにかくこれだけは間違いなく言えるのだが、気の合わない先輩と二人っきりということくらい、気まずい状況というのもないだろう。
無難にテレビの話題を振っていいものなのかどうかも自信がない。「そういえばこんな噂を聞いたよ」
唐突に壬生が口を開いた。
ひょっとしたら、この無口で無愛想な壬生紅葉が、本当に自分と世間話をしようと真剣に話題を探していたのかもしれない。
そう考えたら、なぜか胸がポッと暖かくなる霧島だった。「君はクラスの中でも符咒封録最強で、舞園さんにもあれこれレクチャーしてはゲーム自慢をしているんだってね」
さきほど感じた暖かさはそのまま容赦なく顔面へと駆け上った。
誰からそんなことを聞いた―――?
そういう話は壬生に言われると余計に恥ずかしさが倍増するような気がする。「相当、腕には自信があるようだね」
「じ、自信っていうか、まぁ、暇つぶしみたいなもので……」
「僕も持ってるんだよ、GBA版符咒封録」
「え、そうなんですか?」意外だと霧島は思った。壬生が携帯ゲームで遊ぶ姿は想像しにくいものがある。
「第弐話の鴉に負けたよ」
しかもヘボい。
だが吹き出しそうになった寸前で、霧島は壬生が横目で鋭く自分の反応を窺っていることに気づいて、慌てて真顔に戻った。「WS版より難易度上がってますよね」
「うん」―――不思議な夜だ。
普段あまり話の合わない壬生と(ていうか向こうは絶対自分のことを嫌っている)のんびりとゲームの話でたぶん盛り上がっている。
こうして隣でスタートメニュー表示までの間の長さを愚痴っている壬生は、いつもように表情に乏しいが、いつもより饒舌でもある。
こういうのもいいかもしれない。
仮にも同じ敵と戦った仲間である壬生と、自分達の戦いとは関係のないところで関係のない話をする。
こんな雰囲気がたまにはあってもいいかもしれない、と霧島は壬生に気を許しはじめていた。「ちょっとやってみようか?」
ふと、胸ポケットからGBAを取り出した壬生がそんなことを言い出した。
「えー、僕とですか?」悪いが、壬生には負ける気がしない。
なにしろ封陰窟の2階で嵯峨野にも負けたという壬生だ。たぶん、自分の相手にはならないだろう。
かといって、わざと負けるのもクラス最強を誇る携帯ゲーマーのプライドが許さない。
少しばかり困ったことになったと霧島は思った。「僕も強くなりたいから。霧島君のデッキを参考にしたいんだ」
じつにゲーマー心をくすぐられる言葉だった。なにしろ霧島は自分のデッキを誰かに自慢したくて仕方ないのだ。
最近では舞園もあきれてつつあり、自分の電話はすぐに切られるようになった。
恋人が自分の趣味に理解を示してくれないのは寂しいことだ。「アハ、あまり参考にはならないと思いますけど」
そう言いつつ、常備している通信ケーブルの先を壬生に差し出した。
「ここに挿せばいいのかい?」
「あぁ、いいですよ。僕がやってあげます」素人丸出しだな、と霧島は内心でほくそ笑んだ。
「すまないね」と壬生に恐縮されるのも悪くはない気分だった。「それじゃ、やってみますか」
バトルスタート!
「あ、僕が先手だね」
山の4を引いた壬生が嬉しそうに言った。
『王蘭学院高校』(水)
「うーん、出せる符がないなぁ」
「それじゃ、僕の番ですね」
『妖閉空間』(水)
『狂犬』
「あ、攻撃はまだ早すぎる。ちょっと待ってくれよ」
「ふふ、そうはいきませんよ!」そんな感じでまったりとした出だしだった。
1人は高校生にしては渋すぎるコートだったが、それを差し引いて見れば、どこにでもいる少年たちの楽しげな遊戯だったに違いない。
だが、それはある瞬間に豹変した。
互いにAPが溜まり、そろそろ中堅クラスの符が出揃おうとしたときだった。壬生残りHP:90
霧島残りHP:200「それじゃ、そろそろ行きますよ!」
霧島が自分の場に出ている符を交代する。速攻で開かれたそれは『神速の剣士』だ。
「僕の自慢の京一先輩デッキの強さを見せてあげます!」『神速の剣士』(京一)が壬生の『薫風の乙女』を消去。
「あーあ」
「まだまだです!」壬生が新しい符を伏せてターンエンド。次の霧島のターンでまたも『神速の剣士』が出る。
左右に『神速の剣士』、壬生の『透視する者』を撃破。「壬生さんのはAP低めの符で固める速攻型とお見受けしました。しかし、対戦ではCPU戦に比べて自然と手数が多くなります。あえてAP8〜11前後の符は捨てて、思い切った重量級の符を揃えることも有効ですよ!」
「ふーん」興奮してきた霧島が結構熱いことを語ってしまったが、それにたいして壬生はビックリするくらい冷めた反応だった。その温度差をも察しきれていなかった霧島はまだまだ若いと言わざるを得ないだろう。
彼は壬生の術中に堕ちていることに気づかなかったのだ。そう、それはまるで狼が獲物を先回りして待ちかまえるかのように狡猾な罠が仕掛けられていたことに。
何も知らない霧島の場に出ている符は3枚とも『神速の剣士』。使えもしない後衛にも出してしまうあたり、ただの京一マニアにまで堕ちていたのだ。
そして次の壬生のターン。『狭い通路』(APの高い符が行動不能)
「あ」
ピロピロピロと情けない音を立てて麻痺する『神速の剣士』たち。
そして壬生がアクビをかみ殺しながら言う。「さてと、僕もそろそろ始めようか」
「……え?」『死への旅立ち』(人物符の交換禁止)
「えー!?」
驚愕に顔を上げる霧島に、壬生は初めて本当の笑みを見せた。
「年下だからって、手加減しないよ」
動きを封じられた霧島に、次々と魔の手が襲い掛かる。
『群れをなす者』
「おやおや、京一君がそのへんの不良にボコられてるよ」
「うわー! や、やめてください!」『悪代官』
「ほーら、京一君が悪代官に手篭めにされてるよ」
「ぼ、僕の京一先輩がー!?」頭を抱えんばかりに霧島がもだえる。そんな霧島を見下ろす壬生の目はあくまで冷ややかだ。
「さっきの君のアドバイスのお返しに、僕も君に1つだけアドバイスしてあげるよ。バトル前に自分のデッキ構成を吹聴するなんて愚の骨頂さ。僕がなんの用意もなしに勝負を挑むと思うかい?」
「ま、まさか……」
「そうさ。君が京一君を中心にデッキを組んでいると聞いていたから、僕はそれを封じるためのデッキを装備していた。それだけのことさ」
「そんな!?」
「いいかい、井の中の蛙君? 真の符咒バトルとは、電源を入れる前から始まっている。仮にもGBAも持つ者を前にしたら、決して手の内を明かしてはならない。符咒バトラーなら常識だよ」
「ふ、符咒バトラー!? そんなフレーズ初めて聞きましたよ!?」
「そりゃそうさ。僕が今、思いつきで言ってみただけだからね。だけど気に入ったからこれからそう名乗ることにするよ。僕は符咒バトラーって」
「まさかバトルをする人という意味でバトラーですか!? それならファイターとかソルジャーとか! バトラーじゃ執事のことです!」
「フッ、だからどうしたっていうんだい? 大事なのはノリと勢いさ。日本人には英語を適当に扱える権利がある」
「そんな馬鹿な!?」
「僕は本気さ。正直、たったいま君に指摘されて、うわって思ったし、じっさい素で間違えてしまったわけだけども、訂正なんてするつもりはないね。なんなら世界中を敵に回してもいい。僕は符咒バトラー。血で血を洗う符咒バトラーさ!」
「どうかしてますよ、壬生さん! たかがあだ名の一つのために英語圏を敵に回すなんて!」
「フッ、なんと言おうと君はここまでさ。指を咥えて京一君がボコられる姿を見ているといいよ」
「く、苦しい! 符咒バトルがこんなに苦しいものだったなんて!」
「符咒とは《念》。デッキとは己の持てる全ての思いを費やした《念》の塊り。それがへし折れれば心も折られる。当たり前だろ?」
「もう許してください! これ以上は耐えられません!」
「駄目だね。符咒封録をたかがゲームと侮った報いさ。一度符咒バトルを始めてしまえば、どちらかが倒れるまで止めることはできない。それが―――符咒バトラー!」
『霊的治療師』
「ほーら、京一君の大好きな岩山先生の登場だよー」
「う、うわあああああああ!?」それはもう霧島の耐えられる限界を超えていた。どんな治療を受けてどんなダメージを京一が受けているのかと、想像するだけで若い霧島は失神モノだった。
ふらり、とGBAが霧島の手から落ちた。
茫然自失でへたり込む霧島に、壬生は冷笑を落とす。「やれやれ……とんだ甘ちゃんだ。噂ほどの腕でもなかったな」
パタンとSPの画面を閉じて、コートの裾を翻す。
恐るべき壬生紅葉。
闇よりの使者は、霧島の心に決して消えないキズを残して闇へと還る。
まるでそのGBASPのカラーと同じ、オニキスブラックの夜に―――「……ま、待ってください」
寸前、意識を取り戻した霧島が壬生を呼び止めた。
壬生の足が止まる。だが、振り向きはしない。敗者に優しさなど向ける男ではなかった。そのことは霧島も知っていた。
だが、どうしても彼に聞きたかったことが霧島の意識を1本の糸で繋ぎとめていた。「第弐話の鴉に負けたっていうのも、嘘だったんですか……?」
―――静寂が、夜の温度をしんと下げた。
なぜ、そんなことを聞いたのか霧島本人にも分からなかった。
しかし何故か、あのときの自分が気を許すきっかけになった、壬生のほんの少しだけ照れたような表情が、どうしても嘘だったとは思えなかったから。だが、答えが帰ってくることはなかった。
再びコツコツと靴音を響かせる壬生が振り返ることはないのだと、霧島は分かっていた。
コトリと音を立てて霧島の手からGBAが滑り落ちる。やがて薄れていく意識の中で、霧島は京一が笑っているのを見たような気がした―――。
次回予告
戦慄のブルースが商店街の一角に響き渡る。
次に符咒バトラーに狙われたのは、なんとあの骨董品店の店主だった。
符咒を商いとして取り扱うその男の実力とは?
そして符咒バトラーが店主を狙う理由とはなんなのか?
謎が更なる謎を呼び、符咒バトルの嵐が吹き荒れる!
次回『携帯電脳遊戯最強伝説 符咒バトラー壬生!』第2話「じゃあ僕が勝ったらこの特典CDを引き取ってください」
つづく!
INDEX